温度を導出する話

このエントリは圧倒的令和ッ!!ぴょこりんクラスタ Advent Calendar 2019のために書かれたものです。

 

1.はじめに

 今回はネタがないので趣を変えて熱力学の話でも。昔読んだ熱力学の本1)でちょっと面白かった温度の存在を導出する話を行間を補いながら紹介していこうと思います。熱力学といえば基本的には熱という概念を定義して扱う分野で、身近なところだとエンジンとかエアコンとかそういうのの設計とかで使われてます。熱ってそもそもなんなんだという質問に対しては、残念ながら私は専門家ではないのでうまく答えられないのですが、端的に言えば異なる状態(エネルギー)にあるAとBがあったとしてAB間で行き来するエネルギーの移動量といったイメージだと思います。

 

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エネルギーの移動

 エネルギーの扱いは熱力学の法則というルールに基づいて行われます。第一法則(エネルギー保存則)、第二法則(エントロピー増大則)は高校物理で習うので多くの人が知っていると思います。ここで話をするのはこれら第一第二法則ではなく、当たり前過ぎて忘れられがちな第0法則についてです。

2.熱力学第0法則

熱力学第0法則とはこういうの

物体Aと物体Cが熱平衡にあり,同時に物体Bと物体Cが熱平衡にあるとき, 物体Aと物体Bも熱平衡にある

 要は状態AとBが熱平衡かどうか知りたいときに別の状態Cに対してAとBがそれぞれ熱平衡(合計の熱移動量が0でお互いに変化を及ぼさない)であるならばAとBも熱平衡ですよ、ということですね(雑)。こういうルールが成立することを推移律が成り立つとか言ったりします。

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熱力学第0法則

3.温度を導出する

 前置きが長くなりましたが、ここから温度というパラメータの存在を導出していきたいと思います。まずは状態を何で表現するかということなのですが、我々は経験的に熱によって物体が膨張したり収縮すること、それに伴い圧力が変化することを知っています。そこで状態を圧力Pと体積Vの2変数で表現できることにします。物体AとBが熱平衡にあると下記のように書き表すことができます

\phi _ 1(p _ A , v _ A , p _ B, v _ B) = 0・・・(1)

 熱平衡なので状態A-状態B=0というイメージですね。同様に状態AとCが熱平衡であることを下記のように記述します。</p

\phi _ 2(p _ A , v _ A , p _ C, v _ C) = 0・・・(2)

またこのとき熱力学第0法則より

\phi _ 3(p _ B , v _ B , p _ C, v _ C) = 0・・・(3)

(1)からvBをpA、vA、pBの関数、(2)からvCをpA、vA、pC

の関数で表せるとして(3)に代入します。

\phi _ 3(p _ B , v _ B(p _ A, v _ A, p _ B) , p _ C, v _ C(p _ A, v _ A, p _ C) = 0・・・(3)'

熱力学第0法則により、BとCの関係にAの圧力p、体積vを潜り込ませることが出来ました。この式を使ってA、B、Cの関係を調べていきます。 (3)'の両辺をpA、vA偏微分すると、

\frac{\partial \phi _ 3}{\partial v _ B}\frac{\partial v _ B}{\partial p _ A} + \frac{\partial \phi _ 3}{\partial v _ C}\frac{\partial v _ C}{\partial p _ A} = 0

\frac{\partial \phi _ 3}{\partial v _ B}\frac{\partial v _ B}{\partial v _ A} + \frac{\partial \phi _ 3}{\partial v _ C}\frac{\partial v _ C}{\partial v _ A} = 0・・・(4)

\frac{\partial \phi _ 3}{\partial v _ B}\frac{\partial \phi _ 3}{\partial v _ C}は同時に0にならないので(※同時に0になったらΦ3はk体積に対してただの定数になってしまう)、(4)の係数がつくる行列式は0となる(逆行列が存在しない)

\left(\begin{array}{cc} \frac{\partial v _ B}{\partial v _ A} \frac{\partial v _ C}{\partial p _ A} \\ \frac{\partial v _ B}{\partial v _ A} \frac{\partial v _ C}{\partial v _ A} \end{array}\right) = 0

したがって、 \frac{\partial v _ B}{\partial p _ A}\frac{\partial v _ C}{\partial v _ A} = \frac{\partial v _ C}{\partial p _ A}\frac{\partial v _ B}{\partial v _ A}より

\frac{\partial v _ B}{\partial p _ A} / \frac{\partial v _ B}{\partial v _ A} = \frac{\partial v _ C}{\partial p _ A} / \frac{\partial v _ C}{\partial v _ A}・・・(5)

(5)の右辺左辺が恒等的に等しいので両辺共通の変数pA、vAだけを変数として持つ関数となる。この右辺左辺を表す共通の関数をuと置くと

\frac{\partial v _ B}{\partial p _ A} + u(p _ A, v _ A)\frac{\partial v _ B}{\partial v _ A} = 0

\frac{\partial v _ C}{\partial p _ A} + u(p _ A, v _ A)\frac{\partial v _ C}{\partial v _ A} = 0・・・(6)

以上より、VBとVCについての偏微分方程式を解けばいいことになった。この解法は一般的に知られていて(例えば参考文献(2))、特性方程式を立てると、

 \frac{dp _ A}{dt} = 1

\frac{dv _ A}{dt} = u(p_ A, v _ A)

 \frac{dp _ B}{dt} = 0

 \frac{dv _ B}{dt} = 0

これらより、上2つの式からf _ 1(p _ A, v _ A) = aとなる(aは積分定数)。また下2つの式から p _ B = b, v _ B = c(b,cは積分定数)となる。よって一般解は、f _ 2(b,c)を任意関数として

f _1(p _ A, v _ A) = f _2(p _ B , v _ B)・・・(7)

(6)の2つ目の式でも同様にして

 \frac{dp _ A}{dt} = 1

\frac{dv _ A}{dt} = u(p_ A, v _ A)

 \frac{dp _ C}{dt} = 0

 \frac{dv _ C}{dt} = 0

よってf _ 3(p _ C, v _ C)を任意関数として

f _1(p _ A, v _ A) = f _3(p _ C , v _ C)・・・(8)

以上より、

f _1(p _ A, v _ A) = f _2(p _ B , v _ B) = f _3(p _ C , v _ C)

すなわち、熱平衡状態において各状態にて圧力と体積を変数に持つ共通の値を取る関数が存在する。この関数が温度であるというわけです。

4.感想

 振り返ってみると至極当たり前のことをやってるだけな気がするのですが、実験事実からなんとなく定義した圧力と体積で表せる「状態」という曖昧な概念について、熱力学第0法則により数式を用いて熱平衡状態における共通の値をとる関数(=温度)の存在を示すことが出来るという点が面白いと思います。なんだか熱力学というよりは関数論的な話っぽいですが、そもそも熱力学の理論構成が数学によって成されており、これはその表れだと思います。「大学からは物理学が数学になる」みたいな話の一端っぽさがありますね。

  状態Aと状態Bで挙動が全く違う場合であっても熱平衡時には温度は共通のパラメータとして使うことが出来ます。この性質を利用してどんな物質に対しても同じ温度計で温度を測ることが出来るとか考えてみると、計測という行為そのものが推移律に立脚してるんだなあということをしみじみと感じます。

5.参考文献

(1) 阿部龍蔵著(2006), 新・演習 熱・統計力学, サイエンス社

(2) 杉山昌平著(1976), 工科系のための微分方程式, 実教出版